Basic
02|麻疹ウイルスについて知る
細胞を見つけ、入り込み、
増えていく精巧なしくみ
麻疹ウイルスの精巧な仕組みを知っていますか
麻疹ウイルスは、「麻疹という病気を起こすウイルス」としてよく知られています。しかし、ウイルスそのものを詳しく見てみると、そこには感染するための精巧な仕組みがあります。
麻疹ウイルスは、どの細胞にも同じように入り込めるわけではありません。まず、細胞の表面にある特定の分子を見つけます。そして、ウイルス表面のタンパク質を使って細胞に結合し、自分を包む膜と細胞の膜を融合させます。
細胞の中へ入ったあとは、ウイルスが持つRNAの情報を読み取り、新しいウイルスをつくるためのRNAやタンパク質を増やします。そのためには、細胞がもともと持っている仕組みも利用します。
最後に、それらの部品が細胞膜の近くに集まり、新しいウイルス粒子となって細胞の外へ出ていきます。このページでは、一つの麻疹ウイルスが、「細胞を見つける → 入る → RNAの情報を使う → 部品をつくる → 組み立てる → 広がる」という流れを見ていきます。
1|麻疹ウイルスは、何でできている?
麻疹ウイルスを構成する物質として、主に次の六つの構造タンパク質を持っています。
- Hタンパク質
- Fタンパク質
- Mタンパク質
- Nタンパク質
- Pタンパク質
- Lタンパク質
麻疹ウイルスの外側は、エンベロープと呼ばれる脂質の膜で包まれており、その表面には、主に二種類のウイルスタンパク質が突き出しています。Hタンパク質とFタンパク質です。Hタンパク質は、細胞表面にある受容体を認識して結合します。Fタンパク質は、ウイルスの膜と細胞膜を融合させる働きを持っています。エンベロープの内側には、Mタンパク質があります。Mタンパク質は、ウイルスの内部と膜側の構成要素をまとめ、新しいウイルス粒子を組み立てる過程で重要な役割を果たします。
さらに内側には、ウイルスの遺伝情報であるRNAがあります。ただし、このRNAは裸のまま存在しているわけではありません。RNAには多数のNタンパク質が結合し、RNAを包み込んでいます。このRNAとNタンパク質からなる構造が、麻疹ウイルスのRNA合成の土台となります。さらに、RNAを読み取る酵素であるLタンパク質と、その働きを助けるPタンパク質が関わります。
そして、その中心にRNAゲノムがあります。麻疹ウイルスは、遺伝情報としてRNAを持つウイルスで、正確には、非分節マイナス鎖一本鎖RNAウイルスに分類されます。「一本鎖」とは、RNAが1本の鎖でできているという意味です。「非分節」とは、そのRNAゲノムがいくつもの断片に分かれず、一本につながっているという意味です。そして「マイナス鎖」であることは、麻疹ウイルスが増える仕組みを理解するうえで重要です。マイナス鎖RNAは、そのままでは細胞のリボソームにタンパク質の設計図として読んでもらえません。そのため麻疹ウイルスは、まず自分のRNAをもとにmRNAをつくる必要があります。
このページでは全体の流れを優先し、それぞれの分子の詳しい構造や働きについては用語解説で紹介します。

2|まず、「入れる細胞」を見つける
麻疹ウイルスは、体のすべての細胞へ同じように感染するわけではありません。感染の最初の段階で重要になるのが、細胞表面の受容体です。受容体とは、細胞の表面などにある分子で、本来は細胞同士の情報伝達や接着など、さまざまな役割を持っています。ウイルスの中には、このような細胞の分子を「入口の鍵穴」として利用するものがあります。
麻疹ウイルスでは、ウイルス表面のHタンパク質が受容体を認識します。つまり例えるなら、麻疹ウイルスが細胞の細胞膜を開けることができる入口の鍵となるのがHタンパク質で、受容体が鍵穴となります。
野生型の麻疹ウイルスが利用することがよく知られている受容体には、SLAM/CD150とnectin-4があります。SLAM/CD150は、リンパ球や樹状細胞、単球系の細胞など、主に免疫系の細胞にみられる分子です。nectin-4は、上皮細胞などに存在する細胞接着に関わる分子です。麻疹ウイルスは、感染の過程でこれらの受容体を使い分けています。
なお、一部のワクチン株や実験室で長く培養された麻疹ウイルスでは、CD46という別の分子も受容体として利用できます。一方、通常の野生型麻疹ウイルスは一般にCD46を受容体として利用しません。ここで覚えておきたいのは、麻疹ウイルスが細胞へ入る「入口」には、「鍵」となるHタンパク質が利用できる「鍵穴」が必要であるということです。この「どの受容体を使うのか」という性質は、後に麻疹ウイルスをがん治療へ応用するときにも重要になります。
3|Hが受容体を見つけ、Fが膜を融合させる
Hタンパク質が受容体に結合しただけでは、まだウイルスの中身は細胞へ入れません。次に重要になるのがFタンパク質です。Hタンパク質が受容体と結合すると、HとFからなる感染装置に構造変化が起こり、Fタンパク質の働きが引き起こされます。Fタンパク質はもともと、膜融合を起こす前の不安定な立体構造をとっています。活性化されるとFタンパク質は大きく形を変え、ウイルスの膜と細胞膜を引き寄せます。そして二つの膜がつながります。これが膜融合です。
麻疹ウイルスの場合、この膜融合は主に細胞表面で起こります。二つの膜が融合すると、その間に通り道ができ、ウイルス内部の成分が細胞質へ移ることができるようになります。つまり、Hタンパク質が受容体を認識し、Fタンパク質が実際の膜融合を担うという役割分担があります。ただし、「Hが受容体に結合したあと、どのような分子変化によってFの大きな構造変化が始まるのか」という細部については、現在も研究が続いています。
麻疹ウイルスが細胞へ入る
Hタンパク質が受容体に結合すると、 Fタンパク質が膜融合を起こし、 ウイルス内部のRNPが細胞質へ移ります。
4|細胞へ入るのは、RNAだけではない
膜融合によってウイルスと細胞の間に穴が開いて通り道ができると、麻疹ウイルスの内部にある物質が細胞内に入り込み、ゲノムRNAと、それに結合したタンパク質が細胞質へ入っていきます。ただし、麻疹ウイルスのRNAが裸の状態で放出されるわけではありません。麻疹ウイルスのゲノムRNAには、Nタンパク質が連続して結合し、Lタンパク質とPタンパク質も備わっています。
このNタンパク質に包まれたRNAが、ウイルスのRNA合成の鋳型になります。さらに、ウイルス粒子にはLタンパク質とPタンパク質も備わっています。Lタンパク質は、RNA依存性RNAポリメラーゼと呼ばれる酵素の中心となるタンパク質です。Pタンパク質はLタンパク質の働きを助け、RNAを包むNタンパク質とも相互作用します。
なぜ、これらを最初からウイルス粒子の中に持っているのでしょうか。それは、麻疹ウイルスのゲノムがマイナス鎖RNAだからです。細胞は、このRNAをそのままmRNAとして読むことができません。そのため麻疹ウイルスは、細胞へ入った直後からRNAを読み取れるように、必要なRNAポリメラーゼをあらかじめ一緒に運び込んでいるのです。
5|まずmRNAをつくる
細胞質へ入ると、Lタンパク質とPタンパク質からなるウイルスのRNAポリメラーゼが働き始めます。最初の重要な仕事は、ウイルスのマイナス鎖RNAゲノムを読み取り、mRNAをつくることです。この過程を転写と呼びます。
つくられたmRNAは、細胞にとって読み取ることのできるようになります。そこで今度は、細胞が持っているリボソームがmRNAを読み取ります。リボソームによって、Hタンパク質、Fタンパク質、Mタンパク質、Nタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質などのウイルスタンパク質がつくられます。このようにmRNAからタンパク質をつくる過程を翻訳と呼びます。
つまり、麻疹ウイルスは細胞へ入ると、ウイルスのマイナス鎖RNA→mRNA→ウイルスタンパク質という流れで、自分をつくるための部品を増やしていきます。
6|新しいゲノムRNAも増やす
新しいウイルスをつくるためには、タンパク質だけでは足りません。次のウイルス粒子へ入れる、新しいRNAゲノムも必要です。ここで行われるのが複製です。ただし、麻疹ウイルスのマイナス鎖RNAから、新しいマイナス鎖RNAが直接コピーされるわけではありません。
まず、元のマイナス鎖RNAゲノム全体を鋳型として、それと相補的なプラス鎖のアンチゲノムRNAがつくられます。次に、そのアンチゲノムRNAを鋳型として、新しいマイナス鎖RNAゲノムがつくられます。
つまり、マイナス鎖ゲノムRNA→プラス鎖アンチゲノムRNA→新しいマイナス鎖ゲノムRNA という順番です。新しくつくられているゲノムRNAやアンチゲノムRNAには、Nタンパク質が結合していきます。こうして、次のウイルス粒子へ受け渡されるRNAが準備されます。
転写と複製はよく似た「RNAをつくる反応」ですが、目的は異なります。転写は、タンパク質をつくるためのmRNAをつくること。複製は、新しいウイルスへ受け継ぐゲノムRNAを増やすことです。
7|つくられた部品が、一つのウイルスへ集まる
細胞の中では、ウイルスを構成するRNAやタンパク質などが次々につくられていきます。しかし、それらがばらばらに存在しているだけでは、新しいウイルスにはなりません。ウイルスの構成要素を一か所に集める必要があります。
Hタンパク質とFタンパク質は、細胞の中の膜系を通って細胞膜へ運ばれ、細胞の表面に配置されます。一方、ウイルスの新しいゲノムRNAはNタンパク質に包まれ、RNPという複合体をつくります。そして細胞膜の内側に、ウイルスのMタンパク質が集まってきて、ウイルスの出芽や組み立てに重要な役割を果たします。Mタンパク質は、ウイルスのRNAを含む内部構造と、Hタンパク質やFタンパク質が集まった細胞膜の領域を組織化し、ウイルス粒子の形成を促します。こうして、それまで別々につくられていたRNA、内部タンパク質、表面タンパク質が、一つの新しいウイルス粒子へまとめられていきます。
8|細胞膜をまとって、外へ出る
新しい麻疹ウイルスの組み立ては、主に細胞膜付近で進みます。ウイルスの構成要素が集まった場所では、細胞膜が外側へふくらみます。やがてウイルス粒子が細胞から離れ、細胞外へ放出されます。このように、膜を持つウイルスが細胞膜を利用して外へ出る過程を出芽と呼びます。このとき、新しいウイルスのエンベロープとなる脂質膜は、感染した細胞の細胞膜に由来します。ただし、単に細胞膜をそのまままとっているわけではありません。その場所には、あらかじめウイルスのHタンパク質やFタンパク質が集められています。そのため、完成したウイルスの表面にもHタンパク質とFタンパク質が並びます。Mタンパク質は、麻疹ウイルスの組み立てと出芽を進める中心的なタンパク質の一つです。一方、膜が最終的にどのように切り離されるのかなど、出芽の細かな分子機構には、まだ十分に解明されていない部分もあります。外へ出た新しいウイルスは、再び受容体を持つ細胞へ感染することができます。
8-2|細胞の外に出ない麻疹ウイルス
また、麻疹ウイルスにはもう一つ特徴的な広がり方があります。細胞から出芽せずに、感染した細胞の表面に現れたHタンパク質とFタンパク質が、隣接する細胞との間で膜融合が起こることがあります。その結果、複数の細胞が一つにつながった合胞体(シンシチウム)と呼ばれる大きな細胞ができることがあります。
つまり麻疹ウイルスは、新しいウイルス粒子をつくって広がるだけでなく、感染した細胞から隣の細胞へ、膜融合を介して広がることもできます。この性質は、後に麻疹ウイルスとがん細胞の関係を考えるうえでも重要になります。
9|この感染のしくみが、麻疹という病気につながる
自然界の麻疹ウイルスでは、こうした感染の仕組みが人の体内で働きます。麻疹ウイルスはまず、SLAM/CD150を持つ免疫系の細胞などへ感染し、体内へ広がっていきます。その後、さまざまな組織へ感染が広がり、気道の上皮細胞ではnectin-4を利用して感染します。
麻疹でみられる発熱や発疹などの症状は、単にウイルスが細胞を壊すだけで起こるものではありません。ウイルス感染に対して体が起こす免疫応答も、症状の形成に深く関わっています。
また、麻疹ウイルス感染では、一時的に免疫系の働きが大きく変化し、感染後にほかの感染症にかかりやすくなることも知られています。つまり、麻疹という病気は、ウイルスがどの細胞へ感染するか、どのように体内へ広がるか、感染に対して体がどのように反応するか、が重なって起こります。
ここまで見てきたのは、本来、麻疹ウイルスが感染を成立させるための仕組みです。しかし、ここで見方を変えてみます。麻疹ウイルスには、特定の受容体を持つ細胞へ入る力があります。そして、細胞の中で自分のRNAとタンパク質を増やす力があります。さらに、新しいウイルスをつくったり、細胞同士を融合させたりして、周囲へ感染を広げる力があります。
もし、この能力に関して、病気を起こすためではなく、がん細胞を狙うために利用できたらどうなるでしょうか。そこで次に注目するのが、がん細胞です。
03|麻疹ウイルスががんを狙う仕組み
麻疹ウイルスは、なぜ一部のがん細胞へ感染し、そこで増えることができるのでしょうか。
次のページでは、「細胞へ感染するウイルスの能力」が、どのようにがん治療へつながるのかを見ていきます。